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夜の江戸ピクニック|千早茜「こりずに わるい食べもの」第19話
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夜の江戸ピクニック|千早茜「こりずに わるい食べもの」第19話

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「せっかく東京に来たのですから、東京らしいものを食べにいきましょう」と担当T嬢が言った。二度目である。
 やれ忘年会だ、やれ打ち合わせだ、と会うたびに食事をしていたが、ついつい自分たちの好きな店ばかりを選んでしまう。前回「東京らしいもの」と悩んだ結果、なぜかロシア料理に行ってしまい、大変美味しかったものの、なにか違う……とうっすら思っていた。T嬢もそれを感じたのだろう。

「もっとベタな東京感を」ということなので「鰻」と即答したが、ことあるごとに「鰻」「鰻」と言っているせいか華麗にスルーされた。いくつか提案された中で、鰻気分を引きずっていた私は淡水繋がりで「どぜう」を選んだ。「わかりました。じゃあ、浅草ですね」とT嬢はさくさくと予定を組んでくれた。

 当日、別件の取材を終えた後に浅草へと向かった。浅草には「フルーツパーラーゴトー」でパフェを食べるときか、「浅草ロック座」でストリップを観るときしか出向かない。観光したのはずっと昔、まだアフリカに住んでいた頃に一時帰国で帰ってきて家族と東京に行ったときくらいだ。アイスクリームの天麩羅を食べさせてもらったことを強烈に覚えている。機嫌の良くなった私は雷門の前で「らいもん!」と声をあげ、箒を持ったはっぴ姿の爺さんに「かみなりもんじゃ!」と叱られた。そのせいで、江戸のじじいは怖いというイメージがついてしまった。東京に来てからあまり飲食店の新規開拓ができていないのはそのせいかもしれない。

 夕暮れ前の浅草はスカイツリーが白い骨のように光っていた。赤い雷門。ずらっと並ぶ仲見世なかみせの灯りは祭の屋台のようで高揚する。東京生まれ東京育ちのT嬢でもなんとなく心弾むようで、「ちょっとぶらっとしますか」と歩きだす。芋羊羹を求め、人形焼きを買い食いする私に「ふむ、それはふわふわ系ですね」と言い、自分のお勧めの人形焼きの店へ連れていってくれた。

 いよいよ、どぜう。「駒形どぜう」へ。1801年創業のザ・江戸老舗だそうで、外観からもう素晴らしい。格子から灯りがもれる渋い木造建築。紺色の暖簾がはためいている。木の戸を引いて中に入ると、道場のようにぼかんと広い。板の間に茣蓙ござが敷きつめられ、部屋を横切るように長い板がいくつか置かれている。板? 一瞬、呆気に取られる。食べものがのっているのは、低い机ではなく、脚もない、どーんと長い板だ。かすりの紺の着物に赤い帯、たすき掛けをした店員さんがきびきびと「またいで結構ですのでー」と声をかけてくる。
 客は床に座って板の上に置かれた鍋を囲んでいる。『るろうに剣心』の牛鍋屋「赤べこ」が浮かんだ。点々と置かれたパーテーションだけが現代を感じさせるが、内装も建物の古さも文化財のようだ。思わず、「うわーいい!」と声がでた。「わ、いいですね」とT嬢も声を弾ませる。え、あなた初めてなの。

 意外にも初心者だったT嬢と共にいそいそと床に座る。メニューは大きく分けると、どぜうとくじら。あとは一品料理に鯉のあらいがある。淡水と海水のものが混じっている。以前、鰻屋で柳川鍋を食べたことがあったが、どうやらどぜう屋には鰻はないようだ。とりあえず、どぜうなべを頼む。ささがきごぼうを別に頼んでのせるといいですよ、と店員さんが教えてくれる。
 わくわくする間もなく、重そうな七輪があちこち黒ずんだ木箱に入ってやってくる。早い、早い、手際が良い。T嬢との間にある板に置かれ、蓋かと見まがうような底のおそろしく浅い鉄鍋がのせられる。汁を吸ったどぜうでみっちり。見た目がグロテスクに感じる人も多いらしいどぜうだが、私は蛇好きなのでなにも感じない(T嬢はふやけたゾンビの指に見えたそう)。とん、とん、とささがきごぼうの椀と葱の皿が置かれ、食べ方を手早く説明してくれる。葱とごぼうを鍋にのせ、割り下を足しながら食べるそうだ。葱はお代わり自由とのこと。七輪の中の炭が赤くおこっている。くつくつとどぜうが揺れる。私は梅酒ロック、T嬢はビールで乾杯をし、味噌田楽とごぼう胡麻和えを食べながら鍋をつついた。
 私は大のごぼう好きだ。常備菜でたたきごぼうは切らさないし、最近はごぼう茶にはまり、やかん一杯に作っては水代わりに飲んでいる。ささがきごぼうをお代わりし、割り下をかけかけごぼうを楽しんだ。葱もお代わりする。どぜうは柔らかくほやほやと優しい。むしろごぼう鍋といったほうがいいかもしれない。T嬢が「これ、どぜう出汁と葱とごぼうで永遠にいけちゃいますね」と言い、日本酒を追加する。

 徳利はしゅっと細く、酒杯には将棋の駒に「どぜう」の文字。七味や山椒入れもいちいちレトロで胸をくすぐる。江戸浪漫だ。ここは酒が呑める江戸テーマパークか、とT嬢を見ると「膝が悪いので横座りも正座も苦手です」と言った彼女はどっしり胡坐あぐらをかいていて、なんだか幕末の志士のような落ち着きを感じさせた。炭火はしっとりと温かく、追加で頼んだどぜう蒲焼はきりっと醤油が利いていて、ほかほかの白米にのせたらもう完璧だった。お新香の盛り合わせを頼み、各々手酌で呑みながら「あーいいねえ」「楽しいですねえ」と尻に根が生えてしまう。それを断ち切ってさっと帰るのが粋なのか、周りの客はさっと食べてすっと消えていく。定食を食べていた男性はものの十分ほどできれいに平らげ店を出ていった。江戸っ子とはこうあるべきか、と思いつつもだらだらと鍋をつつき、ついに最後の客になってしまった。

 蒲焼と割り下のこうばしい匂いが浸み込んだ体で店を出て、「服についた匂いをおかずに、ご飯もう一杯いける」と言いながらT嬢としばし夜道を歩いた。まだ桜も咲いていない、冬というには暖かく、春というには寒い時期だった。夜気の匂いに、ちょうど一年前に東京に引っ越してきたのだと思いだす。まだテーブルもない段ボールだらけの部屋に友人がやってきて、近所のパン屋でパンを山のように買い、トランクにリネンクロスを敷いて床で食べた。ワインとストウブの鍋に作ったシチューは床に置いて、好きに注いだりよそったりしながら夜が更けるまで喋った。床に座って食べるのはピクニックみたいで楽しかった。今夜の「駒形どぜう」もピクニック感があった。そういえば、小さい頃、こっそりクローゼットの中で膝を抱えて夜のピクニックをするのが秘密の楽しみだった。床に座ると楽しいのは、目線が変わって別世界に感じるからだろう。

 酔っぱらいが嫌いなので花見をしたいと思ったことはないが、桜が咲いたら友やT嬢とピクニックシートを広げるのも悪くないのかもしれないと思った。東京に来て一年、好きな公園くらいはもう見つけた。
 ちなみに、T嬢お勧めの人形焼きは噛みごたえがあり、非常にT嬢らしい味がした。

illustration 北澤平祐

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連載【こりずに わるい食べもの】
毎月第2・4水曜日更新

千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。2008年『魚神』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞を受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で渡辺淳一文学賞を受賞。著書に『おとぎのかけら 新釈西洋童話集』『男ともだち』『西洋菓子店プティ・フール』『犬も食わない』(共著・尾崎世界観)『さんかく』『ひきなみ』などがある。
Twitter:@chihacenti

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