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神さま|村山由佳 第16話

 朝から、雨が降ったりやんだりのお天気だった。
 両親の寝室は、更衣室と化していた。女たちがかわるがわる喪服に着替え、やれサイズがまたきつくなったの、黒のストッキングが破れたの、真珠のネックレスを忘れたのと大騒ぎ。入れかわりに、それぞれの夫たちが黙々と着替えを済ませる。
 親類縁者のほとんどは関西在住なので、房総(ぼうそう)半島の南端近くまで駆けつけられるのはどうしても関東近郊に住んでいる人に限られる。兄の次女も一家揃(そろ)ってアメリカに赴任中なので来られなかったけれど、〈おばあちゃん逝く〉の報を聞いた時は電話口で泣いていたそうだ。思い出がたくさんあるのは、幸せだけれど辛(つら)いことであり、やっぱり幸せなことでもある。
 集まったのは結局、兄夫婦と私と背の君のほかに、兄の長女夫婦と幼い息子(むすこ)、義姉の妹夫婦、母にとっては息子のようでもあった、兄の古くからの親友。それに、パキスタン人のアハマド・ファミリーだった。一家の長であるムニールさんと奥さんのモーミン、その息子のファンや娘のファリハとは、私が最初の結婚をするまで暮らしていた千葉県南行徳(みなみぎようとく)の家からのお付き合いで、モーミンなどはうちの両親のことを「ニホンのオトゥサン、オカァサン」と呼んで慕ってくれていた。一昨年、父が亡くなった時にも駆けつけ、家族以外でいちばん泣いてくれたのもモーミンだった。

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 十畳ほどのリビングに、それだけの人数がぎゅぎゅっと立って、司祭さまの司式のもと、詩篇(しへん)や祈りの言葉を唱和し、オルガニストの奥様の伴奏に合わせて聖歌を歌う。私と兄の長女も一曲ずつ伴奏をした。
 ちょうど半世紀前、私がミッション系の小学校に入学した際、学校から保護者に向けて、「毎週日曜日の礼拝にはぜひ御両親も」との話があったらしい。もちろん強制ではなかったので、礼拝堂の後方の席に誰かのお母さんが座るのはどちらかといえばめずらしいことだった。
 母はそれを、一週も欠かさず、六年間続けた。学校じゅうに母の顔を知らない生徒は一人もいなかったし、〈面白くて気さくな大阪弁のおばさん〉はみんなの人気者だった。
 二年目に、家族五人のうち母と次兄と私の三人が洗礼を受けることとなった。洗礼名は、母が〈アンナ〉、次兄が〈ステパノ〉、私が〈マーガレット〉。長兄は反抗し、父は反対こそしないものの、自身はずっと静かに抵抗し続けていた。
 その父が、聖書とともに山ほどの関連書籍を読み込んだ末にとうとう〈クリストファー〉となったのは十年もたってからのことだ。
 家出同然に満州へ渡り、兵隊にとられ、四年間のシベリア抑留を生き延びて帰ってきた父が、たまたま娘の通う小学校の教育方針をきっかけに「神はいるのか」「神とは何か」を自分に問うて、問うて、問うて──最終的にどのように納得したものか、私はとうとう訊(き)く機会を逸してしまった。ただ、親しい主教さまから頂いた自分の洗礼名を気に入っていたのは知っている。
「クリスト・ファー。まだまだキリストから遠い者、いうこっちゃ」
 冗談めかして、そう独りごちていたのを覚えている。
 私自身はといえば、小学校から大学まで通算十六年間をミッション系の学校で過ごし、それ以外にも日曜日には教会へ通い、高校一年からは学校でも教会でもオルガニストを務めていた。
 けれど今、「お前はクリスチャンか」と問われたなら、正直、頷けない。そう答えるのは、兄の一家をはじめ、真摯に教会へ通っている人たちに対して失礼だとも思う。
 田舎(いなか)暮らしの中で、お米や野菜を自給自足していた影響もあるのかどうか……いつの頃からかキリスト教の唯一絶対神より、むしろ日本古来の「八百万(やおよろず)の神」的な感覚のほうがしっくりと心に馴染(なじ)むようになった。唯(ただ)ひとりの神さまに感謝しつつ自らを律する生き方は今の私には少し遠くて、それよりは、この世の万物とゆるやかにつながり、ぜんぶ同じだね、みんなありがたいね、といった〈いい加減〉さで生きていくほうがどうやら性に合っているようなのだ。

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 とはいえ、私の背骨に「人間がいちばん偉いんじゃない、思い上がるな」という生き方の基本を叩(たた)き込んでくれたのはやはり、子どもの頃から受けてきた宗教的な教育だったのだろうと思う。
 空想癖のあるふわふわとした娘を、あの学校へほうり込んでくれた両親には感謝している。六年間、日曜礼拝に欠かさず通ってくれた母にも。
 礼拝堂から列になって教室へと帰る時、いちばん後ろの席にしゃんと背すじをのばした母が座っているのを見るのは、子どもの私にとって、嬉(うれ)しく誇らしいことだった。

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村山由佳(むらやま ゆか)
1964年東京都生まれ。立教大学卒業。 93年『天使の卵─エンジェルス・エッグ─』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。09年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。『ミルク・アンド・ハニー』『猫がいなけりゃ息もできない』『はつ恋』『まつらひ』『もみじの言いぶん』『晴れときどき猫背 そして、もみじへ』など著書多数。
Twitter @yukamurayama710

村山由佳さんの猫三部作

※この記事は、2020年1月17日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。

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