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第11話 同じ店しか行っていない|宇野常寛「水曜日は働かない」

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 僕は飲食店の店員によく、顔を覚えられる。理由はなんとなく想像がついていて、平日の昼間からどう考えても会社員とは思えない風体で、それもたいていはいわゆる「飯時」を外して食べにやって来るので、すぐに認知されてしまうのだ。さらにどうも僕は割と人に話しかけられやすい外見をしているらしく、昔から街頭で道を尋ねられることも多い。そのため認知された飲食店の人とも、訪れるたびに話すようになることがよくある。僕の方からそう仕向けたことは一度もなく、結果的にそうなるのだ。そして僕は一度好きになると、それをとことん追求するところがあって、おいしいお店を見つけると、そこにひたすら通い続ける。中には、10年とか、20年通い続けている店もある。今日は僕のそんな「常連になってしまった店」について書こうと思う。

 僕がもう20年間通い続けている京都のお好み焼き屋さん「ジャンボ」は京都の中心から少し外れたところにある。妙心寺という大きなお寺の北門を出て、一条通を少し東に歩くと見えてくる。僕は20代のころ、この妙心寺の南門を出たところのアパートに7年間住んでいて、いつもこの妙心寺の境内を自転車で通ってお好み焼きを食べに行っていた。
 一応、断っておくけれどお寺の境内を自転車で走ることはまったくルール違反じゃない。この妙心寺というお寺の境内はとても広くて、そして近所の人はこのお寺の境内を普段の生活の中で歩く道路として普通に使っていた(そうしないと、この近所はとても不便だ)。僕はこの、歴史という普通に考えたら日々の生活からものすごく離れたところにあるものが、自然に日々の生活の中に入り込んでくる感覚が、とても好きだった。
 僕がこの「ジャンボ」に出会ったのは大学生のころで、友人から近所に有名なお好み焼きのお店があるから行ってみよう、と誘われたのがきっかけだった。そして、僕はたちまち、この「ジャンボ」のお好み焼きと焼きそばのファンになった。
「ジャンボ」のお好み焼きと焼きそばはその名前の通り、ものすごく大盛りだ。「ジャンボ」サイズのお好み焼きをひとつ注文すると、大人の男性二人でもお腹いっぱいになるくらいだ。しかし、僕がこのお店に夢中になったのは、むしろその「味」のためだった。
「ジャンボ」のお好み焼きは、ちょっとびっくりするくらい「ふわふわ」としている。口に入れると一瞬で溶けてなくなるような、そんなお好み焼きだ。溶けたあとにはだしの味が削り節の香りと一緒に口の中いっぱいに広がっていく。そして、その中に混じった絶妙に火が通った豚肉、合い挽きミンチ、いかなどをほくほく言わせながら口に運ぶ。
 お店でつくっているソースがまた絶品で、普通のお好み焼きのソースのようにねっとりした感じがあまりなくて、とても後味がスッキリしている。酸味と塩味のバランスも申し分がない。このソースの味付けは客が自分で「甘い」「ふつう」「辛い」の3段階から選ぶことができるのだけれど、僕はいつもソースは甘め、マヨネーズ増量を選んでいる。これは僕なりの20年間の試行錯誤の結果で、ほかのふたつのソース(「ふつう」「辛い」)を試したり、裏メニューの辛子マヨネーズを試したりした結果、この「甘い」ソースとマヨネーズ増量がいちばんおいしいという結論に達したのだ。
 焼きそばもとてもおいしくて、僕は必ずセットで頼む。ここの焼きそばはいわゆるソース焼きそばなのだけれど、ソースをベトベトに絡めたりはしない。ソースはあくまで最低限の味付けのために使われていて、たっぷりのラードで炒めた麺と豚肉、そして大量のキャベツを味わうことができるのがこのお店の焼きそばだ。特にキャベツがほんとうにおいしくて、どうやったらこんなにキャベツが甘く、それもほんのりと、やりすぎない程度に甘くなるのかと不思議に思ってしまうくらいだ。
 こうして、僕は大学生の頃に出会ったこのお好み焼き屋さんに、もう20年以上通い続けている。僕は20代の後半で京都から東京に引っ越してしまったのだけれど、その数年後には仕事の関係で再び京都によく行くようになった。なので、そのたびに、この店に顔を出すようになった。そうなるとだんだんとお店の人と話すようになって、顔も覚えられるようになった。そして、仲良くなってくると僕はお店の人にいろいろなことを聞くようになっていった。
 たいていの場合、お好み焼き屋は席に鉄板が置かれていて客が自分で具材を混ぜ合わせて焼くのだけれど、「ジャンボ」で客がやるのは具材を混ぜ合わせるまでで、焼くのはお店のお兄さんたちがやってくれる。このお兄さんたちの手さばきがなんというか、まったく無駄がなくて、ため息が出るくらいうつくしい。僕はこのキャベツの絶妙な甘さを自分の家で再現したくて、焼きそばの「焼き方」を研究しようと思った(お兄さんたちが言うには、キャベツの「甘さ」の秘密はその「焼き方」にあるということだった)。そこで、お店のお兄さんたちに頼んで、僕が注文した焼きそばを鉄板の上で焼くその過程をスマートフォン(20年間のあいだに、ものすごく便利なものが発明されていた)で撮影させてもらったりもした。
 この「ジャンボ」はお好み焼きが好きな人のあいだではちょっと有名なお店だ。値段が安いので、タクシーの運転手さんのあいだでは修学旅行生の自由行動日のお昼にオススメすることが多くて、実際に5月くらいになるとよく学生服の4、5人のグループを見かけていた。
 しかし、このお店が観光客向けのお店かというとそれはかなり違う。逆に修学旅行生以外の観光客はあまり見かけたことがない。それでも、19時とか、20時のいわゆる夕飯時にはお店の外まで行列ができていた。
 なので、近所の人は、空いている時間帯――11時30分の開店直後か、夕方のまだみんな働いている時間帯に食べに行くことが多いし、それ以上に「持ち帰り」を注文することが多い。要するに、京都市内に住んでいるこのお店のファンの人や、学校帰りに寄る近くにある大学の学生たちだけで、このお店は毎晩行列ができていたのだ。
 このお店に実際に足を運ぶと、近所のおばちゃんや学生たちがひっきりなしに店に出入りして、代金と引き換えにビニール袋を提げて出ていくのを目にするはずだ。それは地元住民がお好み焼きや焼きそばを「お持ち帰り」しているのだ。それも2通りあって、お店で焼いたお好み焼きや焼きそばを発泡スチロールのパックに入れて持ち帰るパターンと、自宅のホットプレートで焼くためにお好み焼きや焼きそばの材料を「あとは混ぜて焼くだけ」の段階にしたものを持ち帰るパターンがある。そして地元の人はたいてい後者を選ぶ。この付近(京都市の北区と右京区のあいだくらい)の家には、もう何十年も夕食や休みの日の昼食に「ジャンボ」のお好み焼きや焼きそばを家で焼くという文化が根づいているのだ(僕のいまの夢は、この「ジャンボ」のお好み焼きと焼きそばの「ナマ持ち帰り」をクール便で東京に送り、毎年夏に仲間たちとやっている三浦海岸でのバーベキューで焼くことだ)。
 ちなみに、僕は一度12月にこのお店で食べているときに、店の壁に「年越しそば30日まで売ってます」という張り紙を見つけて愕然としたことがある。そう、この地域には恐るべきことに12月31日に「年越しそば」として「ジャンボ」の焼きそばを家で焼いて食べる風習があるのだ。
 そしてとても残念なことなのだけど、いまこの「ジャンボ」は「持ち帰り」専門店になっている。このお店は、毎晩行列ができるくらいの人気店だったのだけど、人手不足などの影響で、2018年の7月から「持ち帰り」専門店になっていて、僕が撮影までさせてもらって研究したあのお兄さんたちの手さばきを見ることがもう、できないのだ。だから僕も、京都に行く用事があるたびにこのお店のお好み焼きと焼きそばを「持ち帰り」で注文して、ホテルの部屋で食べている。
 それでも、お店はずっと続いているのは、やっぱりこのお店のお好み焼きと焼きそばがよそからやってくる観光客ではなくて、地元の人たちの「いつもの」食べ物として定着しているからだと思う。
 こうして20年間同じ店に通い続けていると、気づくことがたくさんある。たとえばこの「ジャンボ」でも、僕が裏メニューの辛子マヨネーズの存在に気づいたのは通い始めてから5年ほど経ってからだし、いろいろメニューがあるけれどやっぱり基本の「ミックスお好み焼き」がいちばんおいしいことに確信が持てたのも、最初に行ったときから10年以上経ったときだ。同じ店に通い続けてはじめて、見えてくるものはたくさんあるのだ。

 そしてもうひとつ、僕が「常連」になってしまったお店がある。それは僕がいま、住んでいる高田馬場の「とん太」というとんかつ屋だ。
 そもそも高田馬場は、あまり知られていないかもしれないけれど「とんかつの街」だ。全国的に有名なとんかつ屋が3軒も4軒もある。ただ、僕はこの「とん太」に通い始めたころ、そのことにまったく気づいていなかった。

 たぶん、もう10年以上前のことだと思う。単に近所のお店でおいしそうなところに行ってみようと調べて、「とん太」というとんかつ屋がおいしいと聞いて出かけたのだ。
 そして最初にこのお店のとんかつを食べたとき、僕はピンとこなかった。それは僕が知っている「とんかつ」とはあまりにかけ離れたものだったからだ。僕がそのときまでに食べたことのあるとんかつは、衣がきつね色にパリッと揚がっていて、それに甘くてねっとりとしたソースをたっぷり絡めて食べるというものだった。しかし「とん太」のとんかつは違った。衣は薄く白に近い黄色で、そして衣も肉自体もびっくりするくらい柔らかかった。僕が期待した甘いウスターソースはテーブルの上になくて、塩とごまで食べることが推奨されていた。ソースも一応置いてあったけれど、それは僕があまり好きではない辛めのソースで、どうしても甘めのソースで食べたい人はこれと混ぜてくださいという但し書きが添えられてケチャップのチューブが横にあった。僕はやっぱりとんかつは甘めのソースをたっぷり絡めて食べなきゃと思って、ソースとケチャップを混ぜ、それをたっぷりとんかつにつけて口に運んだが、ピンとこなかった。なんだか、肉の主張が薄くて、ソースを脂で引き伸ばしたものを食べているような気分になった。

 しかし、それは僕の大きな、あまりにも大きな過ちだった。
 それからしばらく、僕はとんかつが食べたいときは高田馬場の他の店に足を運んでいた。そこでは、僕が求めていたいわゆる「とんかつらしいとんかつ」を食べることができていた。しかし、その日はそのお店が急に休んでいて、僕は店の前で立ち尽くした。そしてふと、久しぶりに「とん太」に行ってみようと思ったのだ。
 今度は、お店が推奨するように騙されたと思ってごまと塩だけで食べてみた。そしてその瞬間、僕の中で「とんかつ」という言葉の意味が書き換わっていた。二度目に食べた「とん太」のとんかつは、圧倒的だった。口に入れた瞬間に、ピンク色に揚がったロース肉が溶けてほのかに甘い脂が広がる。それが絶妙な薄さと柔らかさをもつふわふわの衣と混じり合う。この口の中の現象に、ごまの香りと塩味がアクセントをつける。それはものすごく繊細にコントロールされた体験だった。僕は気づいた。最初来たときに、お店の人が勧める食べ方をしなかったことで、僕はこの繊細に設計された体験を自分で台無しにしてしまっていたのだ、と。当時住んでいた家から、この「とん太」まではたった500メートルしかなかった。僕は決めた。僕はこの店に通い続けよう、と。

 それから10年以上、僕は月1回くらいの目安でこの「とん太」に通っている。1年が12ヶ月あることを考えると、もう100回くらいこのお店に足を運んでいる計算になる。通ううちに、僕なりのいちばんおいしい食べ方も見つかってきた。僕の好みでは、ごまは香りが強すぎるので、使わない。代わりにほんの少しレモンを搾って、それをお店が勧めるベトナム産の塩で食べる。お肉はいつもロースを選ぶ。お肉の柔らかさや歯ざわりはヒレのほうがいいと思うし、カロリーだって低いと分かっているのだけれど、脂の甘さがたまらなくて、僕はいつもロースを選ぶ。
 この「とん太」はとんかつそのものだけではなく、付け合わせのキャベツや豚汁、それにごはんにお新香と出てくるものがどれもこれもびっくりするくらいおいしい。キャベツを一口食べると、とんかつで脂っぽくなった口の中が一瞬でさっぱりとリセットされるし、やわらかめに炊かれたごはんはとんかつとものすごく合う。たくさんの種類の具が細かく刻まれて入った豚汁は、シンプルなようでいてとても複雑な味がする。このお店でとんかつを食べていると、こだわり抜くことって大切なんだなと、いつも思うのだ。

 ちなみに、僕はこのお店のご主人とも顔なじみになっている。それは8年くらい前のことだ。そのころ僕はすっかりこの店に通うようになっていて、一人で来ることもあれば仕事場が近かったので事務所のスタッフを連れて来ることもあった。
 そしてある日、一人でカウンターに座ってロースとんかつ定食を食べていたらご主人に「あんた、テレビに出てるでしょ?」と話しかけられたのだ。ここのご主人は寡黙な職人を絵に描いたような人で、お店に出ているときも挨拶と配膳係への指示出し以外まったく言葉を発しない。だから僕はこのときほんとうにびっくりして、思わず食事の手を止めて背筋を伸ばしてしまった。たぶん「あ……。はい、そうです」みたいな、とてもおぼつかない反応をしてしまったと思う。
「正月にNHKでやっていたの観たよ。なかなかおもしろいこと言っていたね」
 このころ僕はテレビに出ていると言っても、別にレギュラーで出ている番組があったわけではなく、ニュース番組のゲストや討論番組のパネラーとして2、3ヶ月に1回出るか出ないかだったと思う。なので、このご主人はほんとうにたまたま、僕をテレビで見かけて覚えていてくれたのだ。
 それから僕は店に通うたびにご主人と、互いの近況を話すようになった。この店のご主人が客と話すなんてことはまずないので、ご主人が僕と話しているのを見るとみんなぎょっとする。みっともない話だけど、このとき僕はちょっと気持ちよくなっている。人前に出る仕事をしていてよかったな、と思う数少ない一瞬だ。
 ちなみに、家も職場も近いのでこのご主人とは近所でよく出くわして、そして立ち話などをすることも多かった。たぶんそれ以前もあちこちですれ違っていたのだけど、お互いに「認知」していなかったのだと思う。
 そしてこのご主人、お店に出ていないときはものすごくオシャレだ。以前、僕の事務所の近所のファミリーレストランでばったり出くわしたことがあるのだけど、そのときご主人は黒の革ジャンにベージュのベレー帽をかぶっていた。「宇野さん」と話しかけられたとき、一瞬誰か分からなかったのだけど、よく見ると「とん太」のご主人だった。もうかなりのご高齢なのだけど、お話を聞くとこうしてオフのときはファッションと、若いころから好きなクラシック音楽を楽しんでいるのだという。僕が通い始めたころはほぼ毎日開いていたお店も、いまは週に3日の夜だけの営業になっている。これは想像なのだけれど、きっとご主人にとって、音楽を聴くことやファッションを楽しむことと同じようにお店でとんかつを揚げることは人生を楽しむ上で必要なことなのだと思う。そして僕はこういうおじいちゃんになりたいと密かに思っている。

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連載【水曜日は働かない】
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宇野常寛(うの・つねひろ)
評論家。1978年生。批評誌〈PLANETS〉編集長。 著書に『ゼロ年代の想像力』(早川書房)、『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎)、『日本文化の論点』(筑摩書房)、『母性のディストピア』(集英社)、『若い読者のためのサブカルチャー論講義録』(朝日新聞出版)。 石破茂との対談『こんな日本をつくりたい』(太田出版)、『静かなる革命へのブループリント この国の未来をつくる7つの対話』(河出書房新社)、『遅いインターネット』(幻冬舎)など多数。 企画・編集参加に「思想地図 vol.4」(NHK出版)、「朝日ジャーナル 日本破壊計画」(朝日新聞出版)など。 立教大学社会学部兼任講師も務める。
Twitter:@wakusei2nd

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