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暗闇|渡辺優 パラレル・ユニバース 第13話

 先日、暗闇でトランポリンをするというフィットネスに行ってきました。暗闇の中で大音量の音楽に合わせてトランポリンを跳ぶ、というアクティビティです。
 トランポリンが大好きなのでまずそこに惹(ひ)かれたのもありますし、なにより暗闇、という点に魅力を感じました。トランポリンを跳んでいる姿なんて誰にも見られたくないので。暗闇系のフィットネスってトランポリンに限らず最近よく聞くしとても気になっていました。私は先日ホットヨガを辞めたのですけど、辞めた一番の理由は行くのがめんどくさくなったことで、二番目の理由はあらゆるヨガのポーズを自分だけできないのが恥ずかしくなったから、です。

 ヨガって、誰でもできる! みたいな触れこみでひとを集めておいて、誰でもはできないだろ、みたいなポーズもけっこう多いのです。私は腕立て伏せがまじで一回もできないので、腕立て伏せと同じ筋肉を使ってそうなポーズは軒並みできません。私よりだいぶご年配のひとも若いひとも細いひとも太いひともスムーズにこなしている、基本中の基本であるダウンドッグのポーズとかも数秒で崩れ落ちるので、周りから心配そうな目で見られるのがけっこう恥ずかしかったです。落ち着いた呼吸を大切にしているヨガワールドですぐゼイゼイ息が切れるのも恥ずかしかった。

 その点、暗闇なら他人の目を気にする必要はないはずです。
 うきうきしながら行ったのですけど、暗闇トランポリンは思ったほど暗闇ではありませんでした。やや暗闇、やや薄暗い。一般的なライブハウスくらいの暗さです。
 だって本当に暗かったらインストラクターさんの姿も見えないし危ないし、それはそうです。漆黒トランポリンではないのだ。
 薄暗いだけでもぜんぜんオッケーだよな、と跳び始めました。すごく楽しかったです。しかし案の定、開始してすぐになんだか自分だけインストラクターさんや周りのひとと跳ぶテンポが違うような気がし始めました。周りのひとがダムダムダム、と力強く跳ぶところ、私だけぴょーんぴょーんって感じでひとりふざけてるみたいです。
 でもまあほぼ暗闇だし気にしないでいいか、と思っていたのですが、スタジオの壁に跳んでいる自分の影が映っていることに気がついてしまいました。わずかでも光があるところには影ができるのです。影により視認させられた自分はやっぱり皆が四拍子で跳ぶところを三拍子で跳び続けていて、当然音楽にも一切のれていなくてすごく笑えました。

 先日、長野県の善光寺にお参りする機会がありました。
 善光寺の本堂の中には「お戒壇(かいだん)巡(めぐ)り」と呼ばれる、地下の暗闇の回廊を巡る順路があるのですが、そこは真の暗闇でした。
 目の前にかざした自分の手のひらさえ見えないので、壁に手をついて、その触覚と音と気配のみを頼りに進むしかない。先の見えない闇の中をひたすら進んで、なかなかに長い距離を抜け、再び地上へと戻ってくる(その意義や詳細をこんなところで語るのは畏(おそ)れ多いので公式ホームページ等でご確認ください)。あそこは今までの人生でいちばん暗い場所だったように思います。

 最初はもちろん不安で、お化け屋敷的なものに入ったかのようなスリルや興奮も感じていたのですけれど、淡々と歩みを進めるうちに、見えなくとも確かにそこにある壁や音への信頼感が増していき、心が落ち着いたのを覚えています。視覚に頼らず存在することは、闇を受け入れ、脳の深いところや自分の外側の広いところをボーダーレスに意識するようで、不安とともにある種の心地よさのようなものも感じました。
 出口にたどり着き地上から差す光を見たとき、一瞬それが光だと気づかず、あれってなんだろうと不思議に思いました。光と理解し地上に戻り、そこに世界が存在するのを視認したとき、世界って光がないと何も見えなかったんだな、と当たり前のことを心から実感しました。

 あれくらいの暗さのフィットネスが登場してほしいです。
 宗教的な建造物からアクティビティの着想を得るのは罰当たりな気もして恐縮なのですが、あのものすごい暗闇の中で運動をしたらものすごいことになるのではないかと抽象的なことを考えています。誰に見られる心配も、自分の影を見てしまう心配もない空間で運動がしてみたいです。インストラクターさんやスタッフの方には暗視ゴーグル的な物を装着してもらってはどうかと考えています。サイバーパンク的な雰囲気が出て海外からのお客様にも人気がでるのではないでしょうか。
 すでにそのようなフィットネスが存在するのを知っている、という方がおられましたら、なんらかの手段でこっそり教えていただけるとうれしいです。

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渡辺優(わたなべ・ゆう)
1987年宮城県生まれ。宮城学院女子大学卒業。2015年『ラメルノエリキサ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『自由なサメと人間たちの夢』『地下にうごめく星』などがある。
Twitter@watanabe_yu_wat
イラスト/内山ユニコ(うちやま・ゆにこ)
北海道北見市出身、東京都在住。20代の終わりより作品制作を始める。花田菜々子著『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』のイラストなどが話題に。
オフィシャルサイト:http://www.vesicapisis.com
Twitter@YUNICO_UCHIYAMA

※この記事は、2020年2月6日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。

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