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渡辺優 パラレル・ユニバース 第26話「ゾンビ」

 先日、ようやく『ウォーキング・デッド』を最新話まで観終(みお)えました。すごく長かったです。昨年の十月にシーズン1の一話を観始めて、約半年をかけてシーズン10の十五話までたどり着きました。ぜんぶで146話ありました。各話が一時間前後ですから、それはもうとんでもなく長い時間をウォーキング・デッドに費やしてきたことになります。

 ウォーキング・デッドは、2010年から放送されているアメリカの大人気テレビドラマです。ざっくり言うと、ゾンビものです。それはもう大変に面白かったのですけれど、全話を観終えた今、どうしても気になっている問題があります。それは、「ゾンビがだんだん怖くなくなる問題」です。

 シーズン1の一話に出てきたゾンビは、それはもう怖かったです。主人公のリックは保安官で、仕事中に負った怪我(けが)により昏睡(こんすい)状態に陥り、病院で目覚めたらそこはもうゾンビワールドになっていた、という導入なのですが、争ったような痕跡の残る病室、血の跡が続く廊下、扉に書かれた「開けるな」の文字などが恐怖を煽(あお)り、ゾンビの姿が出てくる前からはらはらさせられる展開が続きました。

 ところでウォーキング・デッドに出てくるゾンビは、いわゆる「ロメロ的」なゾンビです。「もともとは人間、あるいは人間の死体で」「生前の記憶や思考力は失われていて」「身体がちょっと、あるいは大幅に腐っていて」「ずりずり引きずるようにゆっくり歩いて」「ひとを食べようとする」タイプです。さらに、「ゾンビに咬(か)まれるとゾンビになる」とか、「頭を破壊するまで死なない」など、ジョージ・A・ロメロ氏が確立した現代的ゾンビ要素はおおむね兼ね備えています。

 ゾンビに食べられるのはめちゃくちゃ怖いですし、ちょっとでも咬まれちゃったりしたらゾンビになるのもすごく嫌です。本当に、すごく怖いのですけれど、シーズン1の三話目くらいにはもう、ゾンビに慣れつつある自分に気付いていました。「私ってこのゾンビくらいになら勝てるかも」という感覚が芽生え始めてしまったのです。

 ゾンビはスーパーパワーを持った悪霊とかではなく、実体をもっているので、すごく頑張れば腕力で倒すことができます。そしてゾンビはたくさんいます。街中いたるところにゾンビ、道の脇にもゾンビ、森の中にもゾンビです。行く先々にたくさんのゾンビが現れるわけですから、いちいち怖がっていたらきりがありません。現実的に処理をして生きていかなければいけないのです。

 登場人物たちも最初の方は丁寧にゾンビを怖がっていましたが、途中からはもうゾンビくらい倒せなきゃやっていけないよね、という雰囲気に変わります。最初は建物ひとつ探索するのにも息をひそめて恐る恐る……という感じでしたが、シーズン5にもなる頃には建物の窓枠を棒とかでカーン! カーン! と叩(たた)いて、出てきたゾンビを倒してからなかに入る、というこなれっぷりでした。

 そしてウォーキング・デッドの世界ではゾンビにより元あった文明や秩序は失われ、生き残ったひとびとは数人から数十人で共同体を作ってなんとか生活しています。そのため、残された資源や土地の奪い合いなどが発生し、ゾンビの他にも敵の人間が現れます。この敵の人間がものすごく怖いのです。

 人間なので、基本的にゾンビより強いです。思考力もあるし俊敏に動くしうーとかあーとかうめき声をあげて存在をアピールしてくれることもありません。ふつうに銃とかも撃ってきます。ゾンビより怖い敵が登場したことで、森の中でガサガサっと音がして、なんだあの音は! みたいに怯(おび)えたあとゾンビが現れると、「なんだゾンビか……」みたいに安心してしまう空気になります。

 この「なんだゾンビか……」という感覚に、私はなじみがあります。かの有名なテレビゲーム『バイオハザード』シリーズです。私の人生における最初のゾンビ体験は小学生の頃、この『バイオハザード』の第一作目でした。このファーストゾンビは衝撃的でした。

 アメリカの特殊部隊に所属する主人公が任務中にやたら凶暴な野犬に襲われ、森の中の謎めいた洋館に逃げ込むところから物語は始まります。ひと気のない洋館のなかでようやく見つけた人間、床にうずくまりなにかを貪(むさぼ)り食べているその背中に声をかけると、“人間”はゆっくり振り向き、白濁した理性のない目でこちらを捉え、血にまみれた歯を剥(む)き出しにし――。と、もうシチュエーションからゾンビ的ムーブからゾンビ的フェイスからなにからなにまで完璧にすべてが怖かったです。このゲームやめようと思いました。それでも攻略本や友人の力を借りてなんとか先へ先へと進んでいくと、やっぱりそのうちゾンビより強い敵が出てきたのでした。ゲーム終盤の研究所あたりを探索していると、扉を開けた先にゾンビがいるとほっとするようになりました。「なんだ、ただのゾンビか……」と。

 長いストーリーの中、ゾンビの恐怖を保たせるというのはなかなか難しいものなのかもしれません。ゆっくり歩く一体のゾンビだけではもうどうにも怖くないので、全力で走ったりもする大量のゾンビを出すことで怖さを補おうとするパターンもよく見受けられます。『ワールド・ウォーZ』や『新感染 ファイナル・エクスプレス』といった映画では、物語中盤以降は街や道路をそれはもう大量のゾンビがぎっしり埋め尽くしながらダッシュで追いかけてきたりして、大迫力で面白いです。しかし大量かつスピーディになった「怖さ」は、「怖い!」というより「ヤバい!」という感情が優勢になってしまい、結果怖くなくなってしまう気がしています。怖いっちゃ怖いのですけれど、それは最初のゾンビと出会った瞬間の背筋が凍るような怖さではなく、ひたすら「ヤバいヤバいヤバいヤバい!」という、これはもうゾンビじゃなくてもいいんじゃないかな、ゾンビじゃなくて熊とか、ワニとか、恐竜とかでいいんじゃないかな、というざっくりした脳内状況になります。

 長く続けば続くほど、この「だんだん怖くなくなる問題」が避けられないのはゾンビものの宿命と言っていいかもしれません。もしこの「だんだん怖くなくなる問題」を解決したゾンビが出てきたなら、それはもう素晴らしくエポックメイキングなゾンビものになるのではないでしょうか。

 と、ここまで書いてきてなんなんですけれど、そんなゾンビものがあったらたぶん私は観ない気がします。だってそんなの怖すぎるので。ホラー全般が苦手な私がゾンビものだけは好んで観ることができているのは、この「だんだん怖くなくなる」という予感のおかげであったような気がしてきました。実際、和製ゾンビものの『アイアムアヒーロー』とかにはもう既に革新的なゾンビが登場していて、複雑な動きをしたり若干生前の記憶を有していてそれらしいことを喋(しゃべ)ったりして、強くて不気味で超怖いです。ずっと怖いです。ずっとずっと怖くてつらいので、めちゃくちゃ面白かったのですけれど途中で観るのを諦めたのを思い出しました。

 ゾンビはだんだん怖くなくなるくらいが自分にとってはちょうどいいのかな、という気がしてきました。そもそも自分がゾンビものに感じている面白さって、ゾンビの怖さそれ自体よりも、ゾンビが発生したことによってあらわになる人間の本性とか、大切なひとがゾンビに咬まれてしまったときの葛藤とか、それでも仲間と手を取り合ってなんとか生きていこうとするたくましさとか、そういう「ゾンビの向こう側」の部分にある気もしてきました。

 ちなみにウォーキング・デッドではそんな「ゾンビの向こう側」的な展開も一通りこなし終えて、主人公たちは今、「ゾンビとの共存」を掲げてゾンビになりすましたり、ゾンビをけしかけてきたりするタイプのすごく嫌な人間たちと戦っています。ゾンビの向こう側の更にその先に進んでいる感じで、今後どんな展開になるのか今から楽しみです。

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渡辺優(わたなべ・ゆう)
1987年宮城県生まれ。宮城学院女子大学卒業。2015年『ラメルノエリキサ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『自由なサメと人間たちの夢』『地下にうごめく星』などがある。
Twitter:@watanabe_yu_wat
イラスト/内山ユニコ(うちやま・ゆにこ)
北海道北見市出身、東京都在住。20代の終わりより作品制作を始める。花田菜々子著『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』のイラストなどが話題に。
オフィシャルサイト:http://www.vesicapisis.com
Twitter:@YUNICO_UCHIYAMA
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