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赤い纏|千早茜 第29話

 子供舌なのだと言う人に連れていってもらった居酒屋に「赤玉」というメニューがあった。訊くと、赤ウインナーと玉子だという。うれしくなり、頼んだ。レモンサワーを飲み、ポテサラや鰯明太なんかをつついていると、小ぶりなフライパンにのった半熟の炒り玉子がやってきた。切り込みを入れタコに模した赤いウインナーが、偽物の足をぴょんぴょんだして玉子に埋もれている。黄色の中のまぶしい赤に笑みがもれた。

 赤いウインナーに出会うと、うれしい。前に出会ったのは去年の春で、大阪の商店街を歩いているときに屋台で食べている人を見かけた。「あ! 赤いウインナーだ!」と私は騒ぎ、友人は苦笑しながらも一杯付き合ってくれた。油でてかてかと光る赤いウインナーは、やはりタコにしてあって、マヨネーズとケチャップがたっぷり添えられていた。味はよく覚えていない。見つけたうれしさが味の良し悪しを超えてしまうのだと思う。喫茶店のクリームソーダについてくる缶詰のサクランボに似ている。生のサクランボのほうが美味しいのはわかっているのに、緑のソーダと白いアイスには人工的な赤がよく似合う。

 実家では赤ウインナーが禁じられていた。赤ウインナーだけでなく自然でない色の菓子やインスタント食品全般が食べてはいけないものとされていた。着色料は身体に悪いと両親は言い、家ででてくるソーセージは皮膚っぽい色をした粗びきのものが多かった。しかし、私は粗びきソーセージが苦手だった。今も脂身が苦手だが、昔は脂の匂いですら駄目だった。私にとっての肉は赤身で、ソーセージは肉と脂身を潰してこねたもの、と思っていた。それを動物の腸に詰めるなんて大変に猟奇的な食べものだと恐怖を覚えた。その腸である皮が歯の間でぶちっと裂けると、溶けた脂身がじゅっと口にひろがる。CMではパキッとかポリッとか軽快な音をたて笑顔で食べていたが、私は食べるたびにぞくっとしていた。焼いて時間がたったソーセージはしわしわで、断面に白い脂肪の塊を見つけると食欲がなくなった。友人の弁当箱に入った赤ウインナーの断面はまったりとしたピンクで、肉加工品というよりはかまぼことかはんぺんといった単調で平和な練りものに見えた。赤ウインナーを切望する私のために母は粗びきソーセージをケチャップで炒め赤くしてくれたが、断面すらケチャップで隠されたことでいっそう不穏感が増した。もう私は魚肉ソーセージでいいよ、と朝食や弁当時に祈るように思っていた。

 そもそも、なぜ赤ソーセージとは言わず赤ウインナーなのだろうか。ウインナーはウィーン風という意味だが、絶対にウィーン由来ではないだろう。腸を使っているかどうかも定かではない。肉のはずなのに、わざわざタコやカニの形にしたりする。いろいろ嘘くさくて、玩具みたいに見える。それがとても魅力的だった。

 しかし、もう大人なのだ。好きなだけ赤ウインナーを食べても誰にも咎められない。そう気づいて、スーパーで赤ウインナーを探した。練りものの棚にはなく、加工肉の棚にあった。思ったよりいろいろな種類がある。丸っこくて小さいものや親指より太くて長いもの、タコ用の切れ目が入ったり、チーズが格納されていたりするものもあった。植物由来の色素で色づけされ、アレルゲン表示もされて、健康にも配慮されている。でも、どれも絵具で塗ったように赤く、「赤ウインナー」と表記してある。やはりソーセージではないのだ。

 大きいのと小さいの、二袋を家に持ち帰り、フライパンで炒めることにした。油をひかないで、と書いてあって驚く。そして、タコの切れ目を入れるのが意外と難しかった。八本の足の幅が均等にならない。まな板に屈み込み、包丁の先で安定しない赤ウインナーにひとつひとつ切れ目を入れる。めんどい。世の中の親は忙しい朝にこんなことをやっているのか。

 フライパンの上で転がすとだんだん足がひらいてきた。同時に脂もどんどんでてくる。その量にちょっとひるむ。店で見かけたタコさんウインナーたちは確かにどれもてらてらと輝いていた。あれは己の脂だったのか、とショックを受ける。脂身のない食べものだと思っていたが、脂部分が見えなかっただけなのだ。ちょっと焦げ目をつけ、最後に立てて足の裏を押しつけるようにすると、足がくるんとタコっぽくなった。意気揚々と皿に盛る。

 赤いウインナーたちを見た殿こと夫は「纏みたい」と言った。「まとい?」「ほら、江戸の火消しが持ってる白い房飾りのやつ」え、と思う。確かに、言われてみればそう見えなくもない。「足が多いんだよ」と、殿が合点がいったように声をあげる。「でも、タコは八本だし……」と言いつつ不安になりタコさんウインナーの画像を検索してみると、ほとんどが六本足だ。大阪で食べたものなど四本足だった。タコの姿すらちゃんとなぞられていない。どこまでも偽物。しかし、偽者のタコさんウインナーのほうがタコらしく、私の作った足を散らばらせるウインナーは纏にしか見えない。しかも、赤い纏って炎を援護しそうで不吉ではないか。うなだれて、灼熱地獄みたいな皿を黙々と空にした。

 纏と思って食べたからか、興奮するほどは美味しくなかった。むしろ、炒めている間の匂いで胸がちょっともたれてしまって、最後のほうは苦しく食べた。二袋は多すぎたのかもしれない。きっと赤ウインナーは二、三個でいい。弁当の蓋をとったらちょこんといたり、居酒屋の小さな皿でつつき合ったり、そのくらいでいいのだ。そして、たぶん誰かの手によってタコの形にしてもらうことに意味がある。その子供じみた甘やかしがうれしさに繋がるのだろう。

わるたべ28

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千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。2008年「魚神いおがみ」で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞受賞、直木賞候補。14年『男ともだち』が直木賞候補となる。著書に『西洋菓子店プティ・フール』『クローゼット』『神様の暇つぶし』やクリープハイプ・尾崎世界観との共作小説『犬も食わない』、宇野亞喜良との絵本『鳥籠の小娘』、エッセイ集『わるい食べもの』などがある。 
Twitter:@chihacenti
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