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執筆と庭づくりは同じ|村山由佳 第29話

 とにかくまあそんなわけで──二〇一二年の春以来、今現在の状態に至るまでいくたびかのマイナーチェンジこそくり返してきたものの、いずれにせよ我が家の庭は、私がほとんど一人で作りあげたものだ。
 クレーンで吊らなければ動かせないサイズのヤマザクラとシラカバとカツラだけは、さすがに知り合いの造園屋さんに頼んで植え付けてもらったけれど、それ以外の合計百種類をこえる植物は一つひとつ自分で植え、育ててきた。
 土を盛ったり掘ったり肥料を入れたり、花壇の縁取りにする丸太を運んで積んだり、通路の踏み板を据えたり、隙間にレンガや化粧砂利を敷き詰めたり、鋳物のアーチを組み立てて設置したり、つる植物をからめたり、高木にはしごをかけて太い枝をはらったり、トゲトゲのバラの枝を外壁に沿わせて誘引したり……といったすべてを、本業の執筆仕事のあいまを縫って試行錯誤しながら作業した。

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 自分にとっての理想の庭を作りあげる過程は、理想の小説を書き進めてゆく過程ととてもよく似ていた。
 今はまだ頭の中にだけある景色を具現化してゆく作業、という意味では、どちらも同じだ。他の人が見ても「美しい」と感動してもらえる景色へと作りあげてゆくためには、どこにどんな枝振りの木を配置し、何色の花を添え、そこまでの通路をどれくらい湾曲させ、途中にどんな驚きの仕掛けを作ればいいか。そのいっぽうで、目に美しくないものは注意深く排除しなくてはならない。つねに客観性をもって全体を把握しなくてはいけないところまで含めて、執筆と庭づくりは同じ作業だと言ってもいいくらいだった。
 それだけに、一人でするのが当たり前だと思っていた。誰も手伝ってくれないことを苦には思わなかった。
 実際、かつての旦那さん一号はよく働く人だったけれど畑専門だったし、旦那さん二号は庭どころかまず家にいなかったので、結果として私は、土をいじる時はいつも一人きりだった。朝早くから夕方暗くなって手もとが見えなくなるまで、時間さえ許せばずっと黙々と庭にかまけていた。
 〆切続きの間などは水やりも草取りもろくにできないし、虫が付いてもすぐには駆除できない。おかげで、気候以前に私の性格と生活態度にそぐわない植物は淘汰(とうた)され、放任していても育つ植物だけが生き残った。

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 二〇一五年の初夏、それまで離れて暮らしていた背の君が軽井沢(かるいざわ)に来て住むようになった時にいちばん驚いたのは、当然のごとく一緒に庭に出て水やりをし、重たい土や肥料の袋を運ぶ作業を手伝ってくれたことだ。私自身、女のわりにそうとう力持ちだという自覚はあったけれど、ひょいと指さすだけで肥料の袋が移動してくれるなら、そんなに便利なことはない。
 人間、いっぺん楽を覚えると後にはなかなか戻れない。私もすぐにそうなった。
 背の君自身は園芸好きというわけではまったくないし、花の名前なんかろくに知らない。桜とチューリップとバラくらいなら知っているだろうけれど、咲いていない限り区別がつかないから、結果として庭に植わっているのは全部ただの木や草、ということになる。
 それでも、自分たちの暮らす場所が美しい緑に囲まれていることそのものは、なかなか悪くないと思うらしい。その心地よい状態を維持するために時間を遣い、汗を流そうとしてくれることが、私にはしみじみと嬉(うれ)しかった。
 すでにほとんど出来上がっている庭ではあるけれど、今でも背の君とは必ず二人して植木市へ出かけていって、毎年何かしら小ぶりの木を買いもとめる。
 一緒に暮らしはじめた翌春はシジミバナ。ユキヤナギに似ているけれど一つひとつが八重咲きの、流れるように優美な枝振りの花だ。
 次の年はヤマツツジ。オレンジがかった緋色(ひいろ)の花の、何ともいえない色味を気に入ったのは背の君だった。
 その次の二〇一八年は、三月に〈もみじ〉を喪(うしな)ったばかりだったので、迷うことなくイロハモミジの木を選んだ。背丈くらいのその木の根もとには、もみじの遺灰を少しだけ撒(ま)いて、トレイを掲げた猫の石像を置いた。

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 そうして、この年──〈お絹(きぬ)〉が来て初めての「昭和の日」に選んだのもまたモミジだった。「皐月紅(さつきべに)」という品種で、五月ごろに葉の縁がほんのり紅色に染まるらしい。
 寝室兼リビングの窓の外、いちばんよく見える場所に二人で穴を掘り、底のほうに堆肥を入れて土を少し埋め戻し、水ぎめをしながら植え付けて、しっかりと支柱を立てる。
 ふと見ると、窓の内側からお絹がこちらを眺めていた。オオイヌノフグリみたいな素敵なブルーの瞳が、まっすぐ私たちに注がれている。
 もみじのお気に入りだったその場所に、彼女が座っているのを見るのは初めてだった。もみじもけっこう小柄だったものの、お腹(なか)に子がいてさえ体重の軽いお絹は、同じように乗っかってもクッションがちっとも沈まなくて、そんなことまでがいたいけで愛(いと)おしい。ちょっとたまらなくなってしまって、私は思わず隣に立つ背の君の指を握りしめた。
「おきーぬちゃん」
 呼びかけると、窓ガラスの向こうで、返事のかたちに小さく口があく。
「なんちゅうか、死にものぐるいに可愛(かい)らしぃのう」
 と、背の君がちょっとわけのわからないことを言う。
 平成が、いよいよ終わろうとしていた。まだ少し冷たい新緑の風に吹かれながら、私たちはしばらくの間、泥だらけの互いの指先を握り合っていた。

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村山由佳(むらやま ゆか)
1964年東京都生まれ。立教大学卒業。 93年『天使の卵─エンジェルス・エッグ─』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。09年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。『ミルク・アンド・ハニー』『猫がいなけりゃ息もできない』『はつ恋』『まつらひ』『もみじの言いぶん』『晴れときどき猫背 そして、もみじへ』など著書多数。
Twitter @yukamurayama710

村山由佳さんの猫三部作を書店で見る

※この記事は、2020年4月17日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。

※『晴れときどき猫背 そして、もみじへ』の刊行に際して、姜尚中さんとの対談が行われました。


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