
第15話 推し|賽助「続 ところにより、ぼっち。」
大好評のHB連載「ところにより、ぼっち。」が帰ってきた!
ゲーム実況グループ「三人称」の一員としても活躍する作家・賽助が、ぼっちな日々を綴ります。 (※第1話と最新話は無料公開)
illustration 山本さほ
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『推し』というものがない人生でした。
例えば音楽。子供の頃から様々な楽曲に触れていましたが、曲はよいと思ってもアーティスト本人には興味が向かなかったり、よいと思った曲だけ買ったり、バンドの曲は全て買うけれど、メンバーの名前は言えないし、ライブには全く行くことがなかったりと、明確に「自分はこの人を推している!」と思うことがありませんでした。
また、好きなアーティストができたとしても、その人のことを好きな他の人、かつ好意の熱量の高い人が現れた時、その熱量に押されて、「自分はそれほどじゃないな……」と少し冷めてしまうなんてこともありました。
自分は物事に対して執着がないというか、少し淡泊な部分があるという自覚はあったので、おそらく『何かを推す』ということはないのだろうなと思っています。
そんな僕ですが、数年前に毎週見続けていたドラマがあります。
それは関東圏のテレビ局にて日曜日の朝に放映されていた番組で、仮面ライダーや戦隊ヒーローもののように4人の女の子が変身をして悪人と戦うという女児向けのドラマでした。
日曜日に早く起きた僕は、テレビで流れていたこのドラマを何の気なしに見始めました。
途中から見たのでストーリーは全く分からないのですが、登場人物の女の子がポップコーンにされてしまい、その女の子は「人生に一回くらい、ポップコーンになるのも悪くないし」と明るく対応、友達にポップコーンを食べさせるために汗を流し、出てきたポップコーンの味が塩味であったという、気が利いているのか気持ち悪いのか分からないようなお話が展開していました。
ストーリーは大味な部分もあり、「子供向けだからこんなものなのかな?」と思ってしまうこともあるのですが、細かな部分でネジが外れているエピソードを披露してくるこのドラマを、気が付けば楽しみにしている自分がいました。
ただ、純粋にドラマを楽しんでいるというよりは、作り手のギリギリのところを攻めたシナリオを楽しみにしている、と言ったほうがよいのかもしれません。
それからは、毎週日曜日の朝になるとそのドラマを見る生活になりました。きちんと録画予約も済ませておき、寝坊対策もバッチリです。
しかし、僕が見始めた頃には物語も後半に差し掛かっていたため、まもなくこのドラマは終わりを迎えてしまいます。
仕方がない、残り少ないコンテンツを楽しもう……と現状を受け入れていたのですが、このドラマがちょっと特徴的だったのは、メインの登場人物4人が全て同じパフォーマンスグループに所属していたことです。
そして、そのグループがドラマの主題歌も歌うという徹底ぶりで、ドラマからグループに、あるいはグループからドラマに人を流すという分かりやすい動線が敷かれており、僕はまんまと、いや、導かれるようにそのルートを辿り、同グループの楽曲を聴くようになっていました。
そのグループはドラマに出演していた4人だけでなく、他に5人のメンバーがいます。
ですので、例えばPVにて少人数が映し出される場合も多数の組み合わせが存在しているのですが、その4人のカットが見られたときは「これはエモーショナルですね」と自然と笑みがこぼれるのでした。
そのグループを推しているわけではないので、メンバーの名前は誰も分かりません。
さらに言えば、ドラマに登場している4人も、役名と芸名が違うため分かりません。
けれど、不思議と楽曲を聴くと元気が出ます。
そのグループは2020年に初めてのライブツアーを予定していたのですが、コロナ禍ということもあり、ライブが全くできない状況であったようです。
またドラマのほうも、本来であれば放映中に劇場版が公開されて、その勢いのままドラマ最終回に向けて盛り上がっていくはずだったのですが、公開が延期になってしまい、ドラマの最終回の後に映画が公開されるという予定外の状態になっていました。
一応映画も観に行きましたが、こちらは完全にお子様に向けて作られている仕様(観に来ている子供たちに応援を促すシーンがある)であったので、一人で観に行った自分は多少の居心地の悪さを感じてしまったというのが正直な気持ちです。
しかし、コロナ禍での上映だったので声を出すことは禁止されており、劇中でも「心の中で応援してね」というような演出にされていたのは、少し胸が痛みました。
やがてドラマが終わり、日曜日の朝に供給されるものがなくなってしまいます。
グループのほうの楽曲も色々と聴いてしまった僕は、どうしたものかなと腕組みをしていたのですが、そのグループにファンクラブなるものがあることを知りました。
ファンクラブに加入すると、特典映像が見られるらしく、その中には僕が見ていたドラマに関するものもいくつかあるようでした。
僕は今までファンクラブというものに入会したことがありません。
まあ、物は試しかな……と入会手続きを行ってみたところ、次のような質問項目が表示されました。
・〇〇(グループ名)を応援してるお子さんはいますか?
答えは「いいえ」なので、そちらを選択すればよいだけの話です。
ですが僕はここで「うっ」と固まってしまいました。
(あっそうか、そもそも基本的にはお子様向けのコンテンツ……)
僕は独身40歳オーバー。
なぜか焦りを感じ始めた僕は、そのままブラウザを閉じました。
本来であれば、「好き」という感情はもっと自由でよくて、自分の年齢や境遇など気にする必要はないのだと思います。
そう理解しているはずなのですが、「自分みたいな人間が好きだと宣言することで、そのグループとファンが彩るカラフルな色彩に暗い一滴を投じてしまうかもしれない……」という恐怖のほうが先に来てしまうのでした。
そんなこんなで、ファンクラブのことは諦め、ひっそりと、ネットで時折更新される音楽や映像コンテンツを楽しんでいます。
こんな僕ですから、おそらくまだ『推している』という状態ではないのだと思いますが、自分のペースで応援していこうと思う今日この頃でした。
追記
ちなみに昨年、そのグループのライブのチケットが取れました。
しかし、楽しみにしている周りの子供たち、その付き添いの親御さんたちが不審がらないだろうか……と、かなり不安になったのですが、コロナの影響で客席は座席の間隔を空けた状態での鑑賞だとわかり、それなら僕が行っても多分大丈夫だろうと勇気を出し、ライブを鑑賞することができました。
とても楽しかったこともあわせて記しておきます。

連載【続 ところにより、ぼっち。】
毎月第2・4火曜日更新
第1話と最新話は無料公開
賽助(さいすけ)
東京都出身、埼玉県さいたま市育ち。大学にて演劇を専攻。ゲーム実況グループ「三人称」のひとり、「鉄塔」名義でも活動中。また、著書に『はるなつふゆと七福神』(第1回本のサナギ賞優秀賞)『君と夏が、鉄塔の上』『今日もぼっちです。』がある。
Twitter:@Tettou_
●「三人称」チャンネル
ニコニコ動画 https://ch.nicovideo.jp/sanninshow
YouTube https://www.youtube.com/channel/UCtmXnwe5EYXUc52pq-S2RAg
山本さほ(やまもと・さほ)
1985年岩手県生まれ。漫画家。2014年、幼馴染みとの思い出を綴った漫画『岡崎に捧ぐ』(ウェブサイト「note」掲載)が評判となり、会社を退職し漫画家に。同作(リニューアル版)は『ビッグコミックスペリオール』での連載後、単行本が2018年に全5巻で完結した。『無慈悲な8bit』『きょうも厄日です』『てつおとよしえ』を連載中。
Twitter:@sahoobb