
香箱蟹とそぼろカレー|千早茜「こりずに わるい食べもの」第18話
去年の冬の始めのことだ。東京でも香箱蟹を食べられるところがあるよ、と誘われて、炭火焼と日本酒の美味しい和食屋へ行った。
このところ、まん防とまん防の間を縫うようにしてしか、外でゆっくり酒が飲めない。制限がないときの外食の解放感が凄い。頭蓋骨がゆるみそうになる。「ぬおお、幸せ……」と震えながら、好物の銀杏揚げと百合根の素揚げ塩昆布和えの両方を頼み、カウンターでうっとり日本酒に酔っていた。
あれこれ造りや炭火焼も食べ、いよいよ予約していた香箱蟹がやってきた。北海道で暮らした期間は短いが道産子だ。冬に毛蟹は欠かせず、スプーンなのだかフォークなのだか判別に迷う蟹の身ほぐし用カトラリー(検索すると蟹甲殻類大腿部歩脚身取出器具とでてきた)がある家で育った。なので、蟹の身を取るのは得意なほうだ。倦まず腐らず黙々と蟹の身をほじる根気もある。
けれど、香箱蟹だけは職人さんの手にかかったものが食べたい。脚の身をきれいに取りだし、一度空にした甲羅に蟹味噌や外子や内子と共にきれいにおさめられたものを、手を汚すことなく優雅にいただきたい。私はそれを「蟹の宝箱」と呼んでいる。これこそ、大人の冬の贅沢と思っている。
さて、いよいよ宝箱タイム。蟹は小ぶりだが、内子も外子もたっぷり。そこで、ふと、カットしたすだちの下に蟹の鋏の部分が置かれているのに気づいた。蟹の身が取れないくらいに小さい。食べるためのものではなく飾りなのだとわかってはいたが、自分の歯なら噛み砕いて汁くらいは吸えるかもと、まるで大人でも優雅でもない考えが浮かんだ。浮かんだ瞬間、もう咥えていた。犬歯が殻を砕くバキッという音が響いた。と、私の様子を見ていた恋人が蟹の鋏を手に取った。私があまりに易々と噛み砕いたので簡単そうに見えたのだろう。自分も咥えた。私の犬歯は尖っている上に、歯も顎も強靭だ。しかし、やめたほうがいいよ、と止める間もなかった。彼は「んん!」と呻き声をあげ、「ちょっとごめん」と席をたった。そのままトイレに消え、しばらく戻ってこない。後でわかったのだが、差し歯が取れてしまったそうだ。
ちびちび日本酒をすすりながら連れを待った。香箱蟹が本日のメインイベントなので先に食べるのもはばかられた。ぼんやりしていると、カウンター隣の若い男女の会話が聞こえてきた。実はずっと気になっていたのだが、二人はどうやら今日が初対面のようだった。とはいえ、マッチングアプリかなにかでやりとりはあったらしく、これはコロナ禍における新しい出会いのかたちなのだろうか、と耳をそばだてていた。恋人も戻ってこないので集中して聞く。
「料理とかする?」と男性が訊く。その質問はどうかね、と思っていたら、一方的なのはまずいと気づいたのか、「俺、カレーくらいなら作るよ」と付け足すように言った。
女性は「あ、私こないだキーマカレー作ったよ」と彼ならぬカレーに話を合わせてくる。
「ああ、はいはい」と男性が頷いた。「あの、そぼろ入ってるやつね」
そぼろ? 言いたいことはわかるが、そぼろではなくないか? もしかして挽き肉はぜんぶそぼろだと思っているのか。じゃあ、担々麺はそぼろラーメンで、ハンバーグはそぼろ団子か?
しかし、女性は「はあ?」とも言わず、「うん、そんな感じ」とにこやかだ。優しい。
「でも、カレーあんま作らない。洗いもの大変だし」と、今度はやんわりカレーから話を遠ざける。
「わかる、わかる」と男性がまたうんうん頷いた。「カレーってじゃがいもとか皮剥いたり大変だよね」
ちがーう! 彼女は片付けの話してんの! カレーの鍋や皿を洗うとシンクにべたべた油汚れがつくし、食器用スポンジがカレー色に染まったりするでしょうが。そういうことを話してんじゃないの? じゃがいもの皮剥きが大変なんだったら、肉じゃがだってポテサラだって大変だよ。あなた、なにもわかってないよ。
その後も彼らの話題は微妙に噛み合わないまま続いた。注文はずっと男性が決めていて、それでも女性は笑顔を絶やさず食べていた。やがて、見るからにテンションの下がった恋人が口元を隠しながら戻ってきて、差し歯が取れたことを耳打ちされた。念願の香箱蟹を食べたが、恋人が前歯を見せたくないのか笑わなくなってしまったのと、そぼろカレーの男女が気になって、あまり集中できなかった。
帰り道、ああいう伝わらなさをひさびさに見たな、と思った。目くじらをたてるほどではないのだが、なんだか噛み合わない。しかも、おそらく男性の側は噛み合っていないことにも気づいていない。料理に限って言えば、彼らの調理スキルや知識にけっこうな差がある。
昔、知人にレシピを口頭で教えてもらった際、「大匙」と言われ調理用スプーン15㏄のことだと思っていたら「大きめの匙」のことだった。逆にSNSにのせた料理の作り方を訊かれ答えると、「ワインビネガー」が「ワイン」、「サワークリーム」が「生クリーム」と誤読されていたこともある。レシピ伝言ゲームをしたら十人目くらいで未知の料理ができあがるんじゃないかと想像した。
この二年ほど、コロナ禍のせいで初対面の人と会うことが減った。直接会うのは前から親しかった人ばかりだ。お互いの料理への関心も好き嫌いも知っている、食においては阿吽の呼吸の相手と食べることが多かった。香箱蟹を一緒に食べた恋人は、その頃はまだ食事を共にするようになって数ヶ月で、私の歯の頑丈さをそこまで知らなかったせいで判断を誤ったようだ。
長い付き合いの人との食事はストレスが少ない。けれど、食事の味が一瞬わからなくなるほどのハプニングや微妙な噛み合わなさを感じることも、外食の一部だったなとひさびさに思いだしながら、坂道の多い東京の夜をしばらく歩いた。

illustration 北澤平祐
連載【こりずに わるい食べもの】
毎月第2・4水曜日更新
千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。2008年『魚神』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞を受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で渡辺淳一文学賞を受賞。著書に『おとぎのかけら 新釈西洋童話集』『男ともだち』『西洋菓子店プティ・フール』『犬も食わない』(共著・尾崎世界観)『さんかく』『ひきなみ』などがある。
Twitter:@chihacenti