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北澤平祐 ぼくとねこのすれ違い交換日記 第10話「彼女って? ねこのお母さん?/Who’s she? The cat’s mother?」

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【ぼく】3月27日

 家族が増える。こかりが妊娠したのだ。寝耳に水というわけではないし、なんとなく一人前になったようなうれしい気持ちもあるけれど、まだ現実味がない。自分の中で何かしらが書き換えられたような、無理やり前に押されたような感覚もありちょっと不安。もちろん、顔に出さないようにはしているけれど。

 不安、不安、不安。最近少しはマシになったとはいえ、ぼくの心もとない稼ぎでまっさらの人間をひとり、責任持って育てていくことなんてできるのかなあ。しかも、こかりとふたりの収入を合わせてやっとの家庭で、体調を考慮すると、おそらくこかりは近く、仕事を辞めることにもなるし。あーあ、ホワンがその分、稼いできてくれないかなあ。mixiやブログを使って、アイドルねこにでも仕立てるとか。まあでも、ホワンはぼくらからしたらかわいいけれど、アイドルって柄じゃないかなあ。目つきもあまりよろしくないし。

 ホワンといえば、ねこが赤ちゃんに嫉妬してひっかいたりするとかの話もちらほら聞くけれど、大丈夫だろうか。ホワンも、人間の歳に換算すれば、もう立派な成人ということで落ち着いてきたとはいえ、やっぱり不安。不安、不安、とホワンホワンとは語感が似てる。なんてこんなこと言ったらかわいそうだけれど。

 しかし、リアル野生の勘というものはすごくて、ぼくらが妊娠を知るかなり前から、ホワンの様子が少しおかしかったように思う。寒い時はこかりのひざの上が定位置だったのに、最近はやたらとぼくのひざに乗りたがったり。ひとり、ぽつんと洗面所のタオル置き場の上で丸くなっていたこともあった。もしかしたら、ねこなりに色々と思うところがあるのかもしれない。でも、大丈夫だよ、うちの長男がホワンだという事実は変わらないし、子供が生まれようと、何が起ころうと、ぼくらがホワンを愛する気持ちは変わらないから。


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【ミー】March 10th

 なにかがおかしい。なにかがちがう。なにかおちつかない。マイテールがかってにムーブする、なにかをサーチしている。そして、テールの先がコカリをキャプチャーするとストップする。なにがおかしいのかはアイドントノウ、でもコカリがリーズンなのはまちがいない。

 コカリとタイラーとのライフがスタートしてから、どれくらいになるのだろう。さいきんじゃあ、ニホンゴばかり聞いているのでイングリッシュをだんだんわすれてきた。このままじゃあ、ニューポートビーチのタイラーとまた会ったとしても、なにを言っているのかわからないかもしれない。カリフォルニアのことも、もうあまり思い出せなくなってきた。ずっとビーチも見ていない、このせまいルームのウィンドウからはなにも見えない。

 ぜんぶわすれてしまう前にタイラーのことを書いておこうと思う。タイラーはミーの前のルームメイトで、ニューポートビーチでいっしょにすんでいた。目の前にはビーチが広がっていて、タイラーが毎朝サーフィンにでかけるのをミーはウィンドウからのぞいていた。タイラーはユニバーシティーでグラフィックデザインをべんきょうしていると言っていたが、サーフィンをしているか、ビールをのみながらプレイステーションでカーをぬすむゲームをプレイしているところしか知らない。タイラーは元気にやっているだろうか? 今でも毎朝サーフィンに出かけているのだろうか?

 ストレンジなことに、ミーのルームメイトはみんなタイラーとよばれている。ニューポートビーチのタイラーはブロンドヘアで、トールで、イングリッシュをつかう。キチジョウジのタイラーは、ダークヘアで、ショートで、ニホンゴをつかう。ふたりはぜんぜんちがうけれど、パーソナリティーはどこかにている。イージーゴーイングで、ちょっとダム。もしかしたらタイラーとはダムなやつにつけるネームなのかもしれない。


ねこようせいによる「ねことわざ」解説

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Who’s she? The cat’s mother?
(彼女って? ねこのお母さん?)

「Who’s she? The cat’s mother?」は昔イギリスでよく使われていたフレーズらしいよ。たとえば子供が「こかりちゃんと遊びに行ってきます」と言うところを主語(名前)を使わずに「彼女と遊びに行ってきます」と言ってしまったら、お母さんは「彼女ってだれ? ねこのお母さんのこと?」って具合に返し、諌めていたんだって。今回はことわざとは少しちがうけれど、ねこって言葉には本当にいろんな使われ方があるんだね。


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北澤平祐(きたざわ・へいすけ)
イラストレーター。東京都在住。アメリカに16年間在住後、帰国しイラストレーターとしての活動を開始。
多数の書籍装画や、花王、東京ソラマチ、渋谷ヒカリエなどのキャンペーンビジュアル、ファミリーレストランCOCO'Sのメニューイラストや、洋菓子のフランセ、キャラメルゴーストハウス、KENZO Parfumsの商品パッケージ等、国内外の幅広い分野でイラストを提供。
オフィシャルサイトwww.hypehopewonderland.com
Twitter@nevermindpcp

※この記事は、2019年11月19日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。

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HB(エイチビー)は、集英社グループの出版社・ホーム社の文芸サイトです。2017年11月にサイトを立ち上げ、2020年にnoteへ引っ越してきました。小説やエッセイを中心に、毎日をより楽しく過ごすための、さまざまなコンテンツをお届けします。

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