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肝試し料理|千早茜 第23話

 緑も花も鮮やかな五月。しかし、緊急事態宣言下で外出する用事はない。幸いなことに仕事はいつも通りあって、例年と同じく大型連休中はほとんど仕事机から離れられなかった。働いている飲食店が休みになったせいで、殿こと夫もずっと家にいた。人と会う予定がないとなると、ニンニクなど翌日に匂いが残る食材も使い放題だ。気を遣うことなく、食べたいものを食べられる。さあ今日はなにを食べよう、明日はどうしよう、と話題の大半が食べることになってしまった。

 私もそうだが、殿も「より美味しく食べる」ことに貪欲だ。今日の昼食はざる蕎麦の予定だったのだが、雨が降ってちょっと肌寒かったので、最近お気に入りの干し椎茸と舞茸の温かいつけ汁を作った。出汁をとっている時点で「舞茸のやつ?」と察知した殿は「薬味さあ、葱よりも三つ葉が合うと思わない?」と言ってきた。私は冷蔵庫にある葱とおろし生姜で済ましてしまおうと思っていたが、そう言われると三つ葉が食べたくなった。三つ葉って、たいして値段が高いわけでもないのに薬味としてあると急に料亭感が増す食材な気がする。「いいねー」と言うと、「じゃあ、買ってくる!」とマスクをしてスーパーへ行ってしまった。自粛要請の中、薬味のためだけに外出できるフットワークの軽さ……いや、美味への執着……。

 ちなみに、我が家はコロナ禍の前から、食材の買い物は単独行動がルールだった。子供でも老人でもないのだ、スーパーには付き添いも補助もいらない。狭い京都市内はスーパーも狭く、店内で買い物籠を持っていたら肩や腕が触れずにすれ違うのもやっとだ。壁のすべては陳列棚、散歩ついでに妻についてきたおっさんが用もなくぼーと立っていていい場所などない。食材に興味がないなら、犬と一緒に外で待っていて欲しい。なにより食材を選ぶときは真剣勝負だ。頭の中で献立や使いまわしも考えたいので集中したい。そして、傷む前にさっさと家の冷蔵庫に運びたい。スーパーも店によって商品が違うので、いくつかまわりたい。なので、「私は茄子を大袋で買いたいから八百屋いくわ」「わかった、俺は豆腐と塩蔵ワカメが安い○○スーパー」「よろしく、塩鮭が安いみたいだから帰りに△△スーパーも寄る」「もし卵が安くなってたらよろしく」「了解」「じゃあ」みたいな感じで戦場の兵士のようにさっと分散する。ここで大事なポイントはそれぞれの食材の底値を知っているかどうかだ。同居相手の必要最低条件といってもいい。買い物ひとつ任せられないほど信頼のない相手とは生活を共にするのは難しいと思う。

 そんなこんなで、緊急事態宣言下で外食ができなくなっても、以前と同じように手分けして買い物や調理をし充実した食生活を送っていた。もともと在宅仕事だった私は仕事量などほぼ変化がなく、自粛で家にいるからといって凝ったものを作ったりはしなかった。
 けれど、料理人である殿は「体がなまる」と言って、率先して台所に立った。ちょうど新玉葱の季節で、「しんたま、しんたま♪」と即興で歌いながらサラダ用に薄切りをしていた。新玉葱が好きなんだな、と台所を通り過ぎようとして足が止まる。音がおかしい。ダダダダ! と、まるで機関銃のよう。ちょっと家庭の台所では聞いたことがない音。私が薄切りをしてもせいぜいトスットスッだ。殿はリラックスした顔をしている。包丁を持った手だけが異様に速い。

 プロだ……と思った。殿が料理人である事実をすっかり忘れていた。いや、いままでは家では家モードで調理していたのだろう。あれは本性というか、仕事モードの包丁さばきなのだ。その後も、「暇だからおやつでも」と言っては、中華鍋を使って胡桃の飴がけを作ったり、パルミジャーノを使った酒にも合うスフレチーズケーキを焼いたりしていた(出来たらすぐに食べなくてはいけないので焦る)。家庭で作るおやつなんてホットケーキ程度でいい。なぜ、そんな予想の斜め上のものを……とひるんだ。美味しかったけど。

 なんだかちょっと不安になってきた。家事は分担なので私も料理をするのだ。いままでもそうだったし、これからもそうだ。作ったものを残したり、文句を言われたりしたことはないが、なぜこんなプロが素人の作った料理を食べられるのだろうと、純粋に疑問に思ったので訊いてみた。

「え、だって自分の味には飽きるじゃない。想像通りなんだから」というのが答えだった。殿が料理するときは作っている段階でもう出来あがりの味が見えているし、理想通りに作れるのだという。他人の料理、特に素人の作るものは味の予想ができないから面白いそうだ。

 そんな肝試しみたいな気分で食べられていたのか……と愕然とする。つまりは、はなから美味を期待されていなかった。でも、「自分の味に飽きる」という感覚はわかる気がした。自粛で自炊が増えた人たちにも思い当たる節があるのではないだろうか。自分で作っていたら、大失敗をしない限りは予想外の味にはなりにくい。
 未知の美味はそう多くはない。家庭での「美味しい」はどちらかといえば冒険よりは安定寄りになる。外食に求めていたのは楽や美味だけではなく、挑戦や期待や娯楽といった日常のスパイス的要素も大きかったのだと、この生活で気づかされた。

2020年5月9日

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千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。2008年「魚神いおがみ」で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞受賞、直木賞候補。14年『男ともだち』が直木賞候補となる。著書に『西洋菓子店プティ・フール』『クローゼット』『神様の暇つぶし』やクリープハイプ・尾崎世界観との共作小説『犬も食わない』、宇野亞喜良との絵本『鳥籠の小娘』、エッセイ集『わるい食べもの』などがある。 
Twitter @chihacenti

※この記事は、2020年6月24日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。


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