【最終回】第15話 水曜日しか働かない|宇野常寛「水曜日は働かない」
見出し画像

【最終回】第15話 水曜日しか働かない|宇野常寛「水曜日は働かない」

前の話へ / 連載TOPへ /     

 突然だが、この連載は今回で最終回だ。僕とT氏との毎週水曜日の「朝活」も、3年目に突入した。この間に世界はコロナ・ショックに揺れ、この街をあの欺瞞に満ちたオリンピック/パラリンピックの狂騒が駆け抜けていった。しかし、僕とT氏の朝活は何も変わらなかった。変わったことと言えば、エクササイズの後に30分間の瞑想が加わったことと毎回エクササイズの後に昼食を摂っていた寿司屋が閉店したことだけだ。
 そう、僕たちはある時期から、高田馬場の駅前にある寿司屋を行きつけにしていた。平日の朝からたっぷり汗をかいた後に食べる寿司は、幸福感に満ちていた。たまに運動したのだからこれくらい許されるはずだと穴子の天ぷらを追加したときは、幸福すぎて罪悪感すら感じていた。それは、完璧な昼下がりだった。
 あの寿司屋で、僕たちはいつもそれぞれの握り定食に加えてカツオのたたきを注文していた。そして、かの山岡士郎へのリスペクトを込めて大将にこう付け加えていた。「マヨネーズを持ってきてください」と。最初の頃はぎょっとされたが、何週か同じ注文を繰り返すと店員さんたちの間で認知されたのか、このぎょっとされる一瞬を挟むことなくマヨネーズの小皿が出てくるようになった。そして僕たちは山岡さんの教えの通り、マヨネーズを醤油皿に溶いてカツオの刺し身を堪能した。しかし、ある日突然その店は姿を消した。緊急事態宣言中のある日のことだった。都合により閉店しますという形式的な文言と、少し離れたところにある系列店の紹介がその張り紙には無機質に印刷されていた。
 その後しばらくは、すぐ近くの回転寿司チェーン店によく足を運んでいた。しかし、その店は疫病の流行が拡大すると、政府の「要請」に従ってアルコール類の提供をやめた。酒を飲まない僕は痛くも痒くもなかったが、T氏は違った。彼は「寿司を日本酒抜きで食べるなんて、拷問です」と主張し、寿司屋に通うことを拒否した。そうなると、何を昼食に選ぶのかが問題になった。僕の暮らす高田馬場は学生街で、そのために飲食店には基本的にハイカロリーなものが並んでいる。と、いうかむしろ1円1カロリーを切るヘルシーなメニューを揃えた飲食店は生き残ることができない(少し前に、サラダ専門店ができたときは半年で潰れた)。ラーメン、とんかつ、カレーライス。それが高田馬場の3大名物だ。そして、僕たちが最初に選んだのはラーメンだった。
 しかし、いくらランニングの後とはいえ、永遠のダイエッターである僕はこれを許容することはできなかった。僕はやすべえも、麺屋武蔵鷹虎も、三歩一も、俺の空も、渡なべも、つるぎも、蔭山も、破壊的イノベーションも心から愛している。しかし、この11月で43歳になる僕はもう、週に1度ラーメンを食べていい身体ではないのだ。ちなみにT氏は僕よりも5歳年上だが、よくラーメンを食べて僕に画像をLINEで送ってくる。彼の中ではその日の仕事で使った精神的エネルギーに応じて、遅めの昼食を決定するシステムになっているということだった。彼の勤務先は神保町に近いのだが、レベル1(通常時)は全メニュー制覇を目指して神保町のうどんの名店「丸香」に足を運ぶ。少し負荷がかかりレベル2に達すると、「ばんび」などのカレーライスの名店が選ばれる。そして、強大な負荷を受けレベル3に達すると、もはやスパイスによる刺激ではなく、カロリーそのものが要求され、ラーメン店に駆け込むのだという。最近は都内の名店を自転車でめぐることが多いらしく、よく江戸川橋の「三ん寅」の画像が送られてくる。しかし、このような食生活が日々合気道の鍛錬に余念がないとはいえ、40代後半の身体に悪影響を与えないわけがなく、ある日T氏のほうから「2キロ太ったので、しばらくラーメンはやめましょう」と言ってきた。いつもは、T氏がラーメンを食べたがり、僕がそれに抵抗するのだが、その日はその前の数日間T氏が度々ラーメンの画像を送ってきていたせいで、僕も今週くらいラーメンを食べてもいいかなと思っていた。なのに、突然一方的にラーメンはしばらく断つと言われて、すっかり梯子を外されてしまったのを覚えている。かくして、僕たちの昼食からラーメンは除外された。
 それからしばらく、僕とT氏は昼食ジプシーとなり主に新宿区高田馬場近辺を水曜日の昼にさまようことになった。いろいろな店を試した。豚しゃぶ食べ放題の店に入ったこともあったけれど、周囲の客があまりに性急に、目の色を変えて腹を満たそうとする様子が、ゆっくり骨休めをしたい僕らのニーズと合わなかった。僕がよく行く、ポークソテーと煮込みハンバーグの定食が美味しい洋定食の店は、T氏が若い女性客が多いのが入りづらいと言って拒否した。逆に僕はT氏の好む昭和臭漂う飲み屋の類が苦手で、これらのランチ営業を利用することを拒否した。T氏が突然ビーガンに憧れ、チェーン店が試験的に導入したビーガンバーガーを食べに行ったこともある。それなりに美味しかったけれど、これもT氏が翌週にはビーガンに飽きていて、すぐ行かなくなった。
 そうして僕たちが行き着いたのが近所に佇むとある町中華だった。僕たちは朝のエクササイズと30分間の瞑想を終えると、その町中華に開店と同時に飛び込むことになる。僕はいつもホイコーローの定食のライスを、半チャーハンに変更する。T氏はだいたい辛いものを頼み、そしてやはり定食のライスを半チャーハンにする。お腹が空いているときはそれに、餃子か春巻きを付けてシェアする。逆にあまりお腹が空いていないときは、おかずのみを頼んでそこにスープを付ける。僕はジョッキで出てくるホットのジャスミンティーでお腹を温め、T氏は紹興酒をがぶ飲みする。そして、昼休みに店が混んでくるまで居座るのだ。ここが、お互いさまざまなこだわりをもつ僕とT氏の見出した妥協点であり、一つの解答だった。そして、ついでにいうとこの店は――実は地域で何十年も愛されている定番の名店だったのだが――味も良かった。
 ホールを仕切るオバちゃん(60歳くらいだと思う)とも、今やすっかり顔なじみだ。通い始めてから、1ヶ月くらい経ったとき、彼女は不意に話しかけてきた。
「あんたたち、いっつも水曜日に来るわね」
 人見知りのT氏が目を合わせないように下を向いた。僕に対応を任せますという意思表示だった。
「僕ら、水曜日は働かないことにしているんですよ」
「昼間っからお酒飲んでいるけど、仕事何やってるの?」
 今思うと、ちょっと噛み合っていない会話なのだけれど、要するに彼女は「水曜日は働かない」ことが可能な僕たちの仕事は、というか社会的な地位はどのようなものかと尋ねたかったのだと思う。酒を飲んでいるのは僕ではなくT氏だったのだけど、僕が答える流れだった。そして僕はこのとき思った。このオバちゃんの何気ない問いは、結果的にとても重要なものを含んでいるのではないかと。僕は少し考えて答えた。
「フリーダムファイター(自由の戦士)ですね」
「あらー。いいわねー」
 絶対にフリーダムファイターが何かオバちゃんは理解せずに、機械的に返答していた。そして絶対に、何がどう「いい」のかは深く考えられてはいなかった。しかしこの適当さこそが、僕たちがこの店を選んだ理由だった。たとえ僕たちがどこから来て、何をやっていたとしても関係なく、ただ、そこにいることを許容されること。それが僕たちの求めている場所だった。たしかに、僕たちは水曜日に働いていない。T氏は昼間から飲酒している。人によっては、僕たちを露骨に不審者扱いして眉をひそめる。しかし、僕たちのような人間も暮らせる街のほうが、少なくとも多様な価値を包摂する自由な街に近づく。僕はそう思うのだ。そしてこれが、僕がこの1円1カロリーを切らない若すぎる街に、少なくとも食生活的には40代の中年男にはちょっと住みづらい街に居続ける理由だ。この新宿区高田馬場は、たぶん都内でも有数の多様な街だ。駅前や早稲田通りは学生たちの姿が目立つけれど、僕の暮らすエリアは比較的閑静な住宅街で老夫婦や核家族が多い。また高田馬場は、西武新宿線の事実上のターミナル駅で、東京の西側や埼玉県のベッドタウンに暮らす人たちが都心への入り口にしている街でもある。だから休日には、都心ではあまり見かけない家族連れを多く見かけることになる。そして高田馬場は以前からミャンマー系やインド系を中心に外国人がたくさん暮らすエリアでもある。この雑多さが、僕やT氏のようなフリーダムファイターの存在も許容させている。これが麻布でも、自由が丘でも、豊洲でもおそらくはこうはいかないだろう。

 そう、僕たちが求めているのはそこにいるだけで尊重される場所なのだ。僕たちの生き方を、水曜日は働かないことを、フリーダムファイターとしてのスタンスを、理解してもらう必要はない。僕は道端ですれ違う学生や専業主婦やサボり中の会社員のおっさんと、仲良くなりたいと思わない。僕は彼ら彼女らの、敵でも味方でもない。ただ街を、この場所を共有しているだけだ。しかしそれは僕たちはお互いの存在に対し最低限の尊重を保証するのに十分な理由になる。そこには人情下町的な温かいコミュニティがあるわけではない。むしろ逆で圧倒的な無関心と、そしてさして関心を抱ける対象でない存在だからこそとりあえずは尊重される文化がある。これを僕たちはたぶん「公共的なもの」だと呼ぶことができる。それは、実は僕がインターネットに、そしてオリンピックに、求めてきたものでもある。僕たちがフリーダムファイターとして守るべきものは、そんな「公共」を支える自由なのだ。

  この連載で僕は、たぶんものすごく個人的なことと、天下国家のことを混在させて書いていたと思う。読者によっては、面食らった人もいるかもしれない。しかし、僕にとってそれはとても自然なことだ。いや、そうすべきことだったのだ。こうやって、水曜日に働くのをやめて、町中華でダラダラしていることと、現代の情報社会の問題とか、疫病のこととか、オリンピックのこととかを考えることはここでつながっているのだ。水曜日は働かない。それは実のところ、ほんとうの意味で僕たちの自由のための戦いなのだ。

 町中華のオバちゃんとのやりとりには続きがあった。
「じゃあ、あんたたちは水曜日しか来ないんだね」
 会計のとき、レジを打ちながら彼女は言った。僕は財布から千円札と小銭を出しながら少し、考えて答えた。
「本当は水曜日しか、働きたくないんですけどね」
「そうしたら、もっと食べに来られるわね」
 オバちゃんは大口を開けて笑った。店は混み始めていて、背広を着た会社員たちが、昼休みの労働者特有のせわしなさを発揮して早口で注文し、レンゲを口に運んでいた。まだ飲み足りないT氏は早く近くのローソンに行きたくてソワソワしていた。水曜日の昼下がり、高田馬場の一角で誰もが自分のことだけを考えていた。しかし明示されないある規範が、そこには結果的に、しかし確実に存在した。その愛おしむべき空間を守るために、それが大切なものであることを証明するために、僕たちは水曜日は働かない。いや、水曜日しか働かないのだ。

前の話へ / 連載TOPへ /     

連載【水曜日は働かない】
ご愛読ありがとうございました。
本連載は近く小社より書籍化される予定です。

宇野常寛(うの・つねひろ)
評論家。1978年生。批評誌〈PLANETS〉編集長。 著書に『ゼロ年代の想像力』(早川書房)、『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎)、『日本文化の論点』(筑摩書房)、『母性のディストピア』(集英社)、『若い読者のためのサブカルチャー論講義録』(朝日新聞出版)。 石破茂との対談『こんな日本をつくりたい』(太田出版)、『静かなる革命へのブループリント この国の未来をつくる7つの対話』(河出書房新社)、『遅いインターネット』(幻冬舎)など多数。 企画・編集参加に「思想地図 vol.4」(NHK出版)、「朝日ジャーナル 日本破壊計画」(朝日新聞出版)など。 立教大学社会学部兼任講師も務める。
Twitter:@wakusei2nd

更新のお知らせなど、最新情報は編集部のTwitterで発信しています。ぜひフォローしてください!

ありがとうございます!
HB[エイチ・ビー]は、集英社グループの出版社・ホーム社の文芸サイトです。2017年11月にウェブサイトを立ち上げ、2020年にnoteへ引っ越しました。小説やエッセイを中心に、毎日をより楽しく過ごすための、さまざまなコンテンツをお届けします。