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Cat Books/猫本

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猫の本、猫が出てくる作品、猫にまつわる話、をまとめています。
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2020年5月の記事一覧

村山由佳×姜尚中「猫がいなけりゃ……」──村山由佳『晴れときどき猫背 そして、もみじへ』刊行記念対談

最愛の三毛猫〈もみじ〉との日々と看取りを綴った『猫がいなけりゃ息もできない』『もみじの言いぶん』(ホーム社)が大きな反響を巻き起こした村山由佳さん。房総・鴨川での田舎暮らしと猫との「事はじめ」を綴ったエッセイの増補新装版『晴れときどき猫背 そして、もみじへ』(ホーム社)刊行を記念し、集英社の読書情報誌「青春と読書」誌上で姜尚中さんとの対談が実現しました。 実は姜尚中さんもまた、近刊『母の教え 10年後の「悩む力」』(集英社新書)のなかで、転居した軽井沢での高原暮らし、初めての

うち、ここにおるやん。村山由佳さんのフォトエッセイ『もみじの言いぶん』発売中

この本について 17歳で今生を旅立ったあの子が見てきた世界とは。 作家・村山由佳さんの盟友で、たくさんのフォロワーから愛された三毛猫・もみじ。2018年3月、もみじは17歳で今生を旅立ちました。彼女の軽妙洒脱な関西弁のつぶやきが、時にユーモラスに、時に厳しく、時に切なく……私たちの心に沁みこんできます。大切な存在を失った「その後」をどう生きるか――そのヒントがここに。オールカラーのフォトエッセイ。 連載最終回にTwitterでお寄せいただいた声・勇気を持って一歩踏み出せそ

村山由佳 もみじの言いぶん 第5話「わからせる」

 腹立った時はな。無理に我慢したらあかん。  遠慮して、言いたいこと飲みこんで、おなかに溜めといたところで、あとから大爆発すんねやったらおんなじこっちゃろ? それやったら、ふだんから小爆発でガス抜きしといたほうがなんぼかマシや。  大事なことはな、「今うちは怒ってんねんで!」いう事実と、「こっから先は絶対譲ったげへんで!」いう境界線を、いやっちゅうほど相手に思い知らせたるこっちゃ。  言うてもわからんようなら、わかるまで断固として口きいたれへん。背中向けて、呼ばれても無視し続

村山由佳 もみじの言いぶん 第4話「爪をととのえる」

 かーちゃんが小学校に上がった頃やから、おおかた半世紀も前の話やけどな。  新しく買(こ)うてもろた赤いランドセルが嬉しゅうて嬉しゅうて、後生大事に枕もとに置いて寝たんやて。  朝起きたら、どないなってた思う? 当時、家におった〈チコ〉いう名前の猫が、夜中に乗って爪とぎしよって、ふたが一面おろし金みたいにバリバリの傷だらけやがな。  一年生のかーちゃんはめっちゃ悲しかったけど、ここで泣いたらチコがかーちゃんのかーちゃんに怒られる、思(おも)て我慢して、そのランドセルで六年間通

村山由佳 もみじの言いぶん 第3話「花は咲く」

 若い時分はうち、ほんまによう遠出しとった。  放浪癖っちゅうのかいな。家から一歩出たとたんに、散歩やら旅やら区別つかんようになりさらして、時間も日にちも忘れてほっつき歩いてまうねん。  今考えたら、かーちゃんめっちゃ心配しとったやろなと思うけど、反対にうちのほうが待たされることかてぎょうさんあったから、おあいこやん、なあ?  年とってからはもう、外へは全然出ぇへんようになってしもたし、たまに抱っこしてもろて外の世界を眺めるのんは、なかなか愉(たの)しかったで。  今年もそろ

村山由佳 もみじの言いぶん 第2話「ずっと一緒」

 うちのかーちゃんな。言うたら何やけど、アカンタレやねん。うちがそばにおらんようなってすぐの頃なんか、べそべそ、じめじめ、ほんま鬱陶(うっとう)しかってん。  皆さん、知っとる? あのボトル型のネックレス。中に、〈これってもしかして天使の骨やないん?〉いうくらい神々(こうごう)しいうちの骨を納めたあのネックレス。  ガラスやし、あの女のこっちゃからカクジツに落として割るやろ? ふだん家におる間は、危なかしゅうて身に着けられへん。  せやけど、な、これやったら心配要らんのんちゃ

村山由佳 もみじの言いぶん 第1話「安眠妨害」

 どちらさんも、ご機嫌さん。もみじですー。しばらく留守しとってかんにんやで。  ここな、最近のうちの居場所。  かーちゃんととーちゃんが毎日、前を通るたんびに、 「もみちゃん、おはよ」 「今日も可愛(かい)らしねえ」 「行ってくるわな。すぐ帰るから待っときや」 「おやすみ、もみじ。夢に出てきてな」  て、しょっちゅう話しかけてくるから、ぜんぜん淋しないねん。ちゅうか、むしろ安眠妨害やっちゅうねん。正味の話。  あとな、二人とも気づいてないみたいやけど……  ベッドの上、こっか

愛猫とのさいごの1年が綴られた心ふるえるエッセイ。村山由佳『猫がいなけりゃ息もできない』発売中

この本の内容 「思えば人生の節目にはいつも猫がいた」 小説家と愛猫の最後の一年をつづった、心ふるえるエッセイ。 房総・鴨川での田舎暮らしを飛び出して約15年。度重なる転機と転居、波乱万丈な暮らしを経て、軽井沢に終の住まいを見つけた村山由佳さん。当初2匹だった猫も、気づけば5匹に。中でも特別なのが、人生の荒波をともに渡ってきた盟友〈もみじ〉。連載のさなか、そのもみじが、ある病に侵されていることが発覚して──。 著者と猫たちが出演したNHK「ネコメンタリー 猫も、杓子も。」も大

村山由佳 猫がいなけりゃ息もできない 第10話「今この瞬間こそが、人生でいちばん若い」

 ともあれ、猫の話だ。  作家生活10年目にかなりの無理をして手に入れ、自力で開拓して緑の楽園にした広大な農地と、全身全霊を傾けて造りあげた家、そして農場に不可欠の動物たちを、旦那さん1号のもとに残して房総鴨川を後にする時──私は、前にも書いたとおり、小柄な三毛猫を1匹連れていた。  それが、今も我が家にいる最長老17歳の〈もみじ〉さんである。  なんとなく敬称付きで呼んでしまうことが多いのは、人間に換算したら85歳くらいの大先輩だからなのだが、連れて出た当時はまさか、ここ

村山由佳 猫がいなけりゃ息もできない 第9話「催眠誘導」

 子どもの頃から私は、自分の態度や言葉によって誰かの気分を害してしまうことがこの世の何より苦手だった。原因がたとえ自分でなくても、相手が怒っているという状況、それだけでいたたまれなかった。  だから、目の前に不機嫌な人がいると、悪いことなんか何もしていなくても謝ってしまう。何とかして機嫌を直して欲しいと思うあまり、慌てて先回りしては下手に出てしまうのだ。  夫婦の間でもそうだった。  別々の人間がひとつ屋根の下で暮らしていれば、こまごまとした対立が起こらないほうがおかしいのに

村山由佳 猫がいなけりゃ息もできない 第8話「たとえば一緒に暮らすひとが、筋金入りのミミズ好きだったら」

 誰にだって苦手なものはある。私にだってある。  ミミズだ。蛇だったら素手でつかめるし、ゴキブリだろうがクモだろうがへっちゃらだけれど、ミミズだけは5センチを超えるともう駄目である。こうして文字にするだけでも鳥肌が立つし、庭いじりをしていていきなり遭遇すると、ぐえっと変な声をあげると同時に数メートルは飛びすさってしまうくらい無理である。  たとえばの話、一緒に暮らすひとが筋金入りのミミズ好きだったとして(いやだあー)、ミミズの魅力や手触りの素敵さをどんなに滔々と語られたとして

村山由佳 猫がいなけりゃ息もできない 第7話「世の中には、猫がいると息もできない人間だっている」

 けれども旦那さん1号は、私が外でどこかの猫を触ることも嫌がるのだった。  どこかの店の駐車場だったと思う。人なつこい子猫が足もとにすり寄ってきたので、嬉しさ全開で背中を撫でていたら、 「咬まれたらどうするんだよ!」  目をつり上げて彼は言った。 「どこで何してきたかわからない猫なんか、体じゅうバイ菌だらけだぞ」  大丈夫だよう、と私は笑ってみせた。  よっぽど猫の嫌がるようなことをしない限り、いきなり咬まれたり引っかかれたりというのは考えにくい。そもそも私など、小さい頃から

村山由佳 猫がいなけりゃ息もできない 第6話「禁断症状」

 ともあれ、そんなふうにして常に猫と一緒に育ってきた私だから、旦那さん1号(こう呼ぶのも失礼とは思うのだけれど、後に2号も登場することになるのでスミマセン)から、猫との生活を、「俺といる限り、あきらめな」と言われた時は耳を疑ったし、どうして自分がそんな理不尽な仕打ちに耐えなくてはならないのか、まったくもって納得できなかった。  住んでいるところがたまたまペット不可の物件であるとか、そういう理由ならまだわかる。がむしゃらにお金を貯めて、生きものを飼えるところに引っ越せばいいだけ

村山由佳 猫がいなけりゃ息もできない 第5話「生まれて初めて見送る命」

 何しろ、ものごころつく頃には、家に猫がいた。  私にとって最初の1匹は、チーコという名前の茶色のトラ猫だ。  毛色まで覚えているのは写真が残っているからで、当時住んでいた家の大家の息子さんが大学の課題か何かで撮って現像し、パネルに引き伸ばしてくれたのだった。3歳の私と、まだ幼さの残るチーコの写真。今でも私の部屋に飾ってある。  猫は、死期をさとると自分から姿を消すという。それでかどうかはわからないけれど、チーコも、ある日を境にいなくなってしまった。  そのあと、私が5歳の時